インナーチャイルドが語り始める
ふう。。。
度々出てくるインナーチャイルド、
彼女が語り始めた気がする。
満島ひかりのイメージから出てきたので、hikariと名付けてみる。
ちなみの父の名前はhikaruなのである。これ、偶然じゃなくない?笑笑笑
・何も信じられない
そう言っている。
「何も信じられない」っていうことは、
何かを信じて裏切られたということだ。
なんだろう?
通常、このhikari人格(?)が出てくる時、
最初は気づかない。
気づくと、無視し続け、押し込めようとするのがメインの私だ。
で、散々無視ししてるこのhikariに乗っ取られているのがうつ病の私、ってことにすると辻褄が合っちゃうんだよね。
無理やり自分を多重人格のように仮定するのもどうかと思うけど。
だいじょうぶだいじょうぶ、ひとりじゃないから、経験豊富なカウンセラーがついているから。間違ってればちゃんと指摘してくれる。
うつ病歴の長い私だけれど、
診察だろうがカウンセリングだろうが、hikariの私で受けることはない。
だから常に「どこがうつ病なんだ?」扱いがけっこうあったよね。
「頭もはっきりしているし、そんなにおかしく見えないけど?」
「人と話してると大丈夫なんですけど、これで、家に帰ると途端にぐでーーーーってなるんです」
常にこういう対応をしているメインの自分は、家庭環境をできるだけ明るくしようと頑張りながら作られた人格で、いわゆるアダルトチルドレンの「道化」である。(先日、カウンセラーに指摘された)
ものすごく苦しい時に、病院で一度だけ、hikariそのまんまで話し出したことがことがあったな。
覚えている限りでは、
「私はずっとそんなに辛い経験もなく多分、どっちかといえば色々と恵まれて生きて来たと思うんですけど・・・・・」(その後は思い出せない)
しばらく話していたら、
「言ってることがおかしいですよ?」
と、医師に止められた。
以来、hikariは人前に出ません。
まったくこれだから精神科っていうのは・・・・・・・ヽ(`Д´)ノプンプン
で、仕方ないのでhikariじゃない方の私が何やら補足したように思う。
この頃はまだじぶんのことをうつ病だと認めていなかったので(精神科に通ってるくせにな!)、なんか「自分はうつ病では無いと思うんだけど」的な内容のことを遠回りに言ったと思う。
で、
「でも、あなた、うつですよ?」
と。
「ハア・・・」みたいな返しで、
「お薬出しておきますね」のような感じで終了。
こんなもんですよ精神科なんて。今は多少、違うのか?15年前くらいのことだけどさ。
hikariは私がぼーっとしていると度々出てきているようで、
「何も見ていないような目」をしているらしい。
これは、学生時代の友人に指摘された。
「〇〇ちゃん、時々、キチガイの顔する。おねえちゃんと同じ顔。」
彼女は、うつだか何だかは知らないけど、とにかく精神的に不安定な姉と二人で暮らしていた。
で、このhikariさんなんですが。
メインの私を否定してくるんですよね。
そりゃ、ね、散々いじめてるから当然よね。
「お前は引っ込んでろ」って。
・こんなことやって何になるの?
はいはいはいはい、
この声、よーーーーーーーーーく聞いてる。
私が何かを頑張ったり、楽しんだり、
充足感でいい気分になっているとぶち壊してくる。
やる気になっていてもぶち壊してくる。
これかーーーー。
今は、この、「インナーチャイルドに向き合う」っていう作業を潰そうとしてきます。
「インナーチャイルドなんてただの妄想じゃん」とかいう発想もhikari経由ですね。
こうやって言葉にするとただそれだけのことなんだけど、
ものすごく不安になって、すぐにでもまたうつ病になりそうな感じ・・・・。大丈夫だけど。
「何も信じられない」
に、しばらくの間、気持ちを寄り添わせていた。
子供の頃の家の玄関を居間から眺めている視点。
父がこれから会社にでかけるか、帰ってきたかのどちらかの光景らしい。
家が古いので、私は10歳未満だ。5~7歳のような気がする。
子供の頃から父との距離は遠く、今もそれはそのままで、
そのままで終わると思っている。
ただ、ほんの数週間、特殊な状況下で近づいたことがある。
父が慢性硬膜下血腫になり、
その診断がなかなか得られず、「環境の変化による認知症」ってことにしばらくされていたのがこの2年前のこと。
どんどん弱ってやせ細り、頭もどんどんボケていく。
その完全にボケている状態の父には、彼が常に纏っている人を寄せ付けないオーラのようなものが全く消え去ってしまっていた。
それで、「お父さん、今日は気分どう?」なんて言って手を握ったりとか、
一生そんなことは無いと思っていたようなことを自然にやっていた。私も弟も。
父が重病でボケてしまっているというのに、私と弟は、完全に、喜んでいた。
「これがほんとうのお父さんだよね。なんかカワイイよね。」とか。笑
やがて病名が判明し、手術。
手術の翌日、病院へ家にある薬を持っていかねばならないとかそういうことがあって、私が一人で行った。
いつものように「おとうさ~ん」と言って病室の入り口で手を振るのだが・・・・・・無視された。
近づいてみると、オーラ復活してやがる!
もう手なんか握れませんわ。
私が一人で来た事情を説明すると、ちゃんと理解できているようだ。まだちょっと、言ってることがおかしかったけど。
手術をしても、高齢なので完全に良くはならないがかなり改善するということで、とにかく、ほんの一ヶ月前まで完全に元気だった父が、短期間で今にも死にそうになっていたので、病名がわかって良かった、というのは本当なんだけど、
「あのボケてるの、かわいいから、あんまり元通りにならないといいよね」
なんて、弟も言ってたんだよね・・・・。
あーあ、元の父、復活だ・・・・。
弟にメールした。
「がっかりだよ。元のお父さんに戻ったよ。」
酷い子どもたちのようだが、私達が酷いんじゃない、
子供にそう思われて当然の人なんですよ。
話が前に進まない。笑
で、そんな父なので、ほぼ接触はなく、子供の頃はそのオーラが怖かった。
母がなんだかんだ文句を言うときに、それを撥ねつける態度も、冷たく怖かった。
けれども何故か、「私と父は似ている」と思っていた。
「父はほんとうは私のことが好きなのだけど、そういう表現ができない人なんだ」
と信じていた。
まあ、2年前のボケている父は、私が顔を見せる時が一番嬉しそうな顔をしていたらしいので、まあ、これは当たってるっちゃ当たってたんだろう。
でも、つまりはボケなきゃ出てこないようなものなので、
そんな期待に応えてくれるはずもなく、
「ああ、そういうのって無いんだな」という結論を出したのが、いつだろう、10代半ばくらいだろうか。
もうそれはそれでいいんだけど、
時々、変な男性にこの父親像を投影して、わけのわからない苦しい恋愛をすることが多くあった。そして、当然のように結婚相手にそういう人を選ぶ。結婚は突然破綻する。相手の方は、突然私に拒絶され、何が起こったか未だにわからないでいるだろう。
ずっとうまくやっていたのだ。ただ、hikariの私が「もう嫌だ耐えられない」って言ったのだ。
hikari人格を仮定すると、全ての辻褄が合う・・・・・。
つまり、hikariは父(hikaru)に裏切られたのね。ほら、名前は偶然じゃない。笑
それを前提に、まだ彼女の心に寄り添ってみよう。
私がアメリカ人とか、欧米で育っていたら、解離性同一性障害ってことになっただろうか?
日本人はアイデンティティーがぼやっとしててもそれはそれでいいって感じの文化だからその病気が少ないんだと思うよ。
だから、別人格的なものがある、って仮定したほうが色々と見えてくるってことはありそうだ。
hikari的な心に響くのは何よりもこの歌。